被告会社の所有する普通貨物自動車(加害車)を運転していた被告(加害者)が,左折しようとして信号機の設置されていない交差点に進入する際,自転車に乗って交差点手前の横断歩道を横断していたA(当時六歳)に加害車を衝突させ,死亡させた事故に関し,原告ら(Aの父,母,祖父,祖母)が損害賠償を請求した事案について,原告らそれぞれに固有の慰謝料を認めた事例。
東京地方裁判所判決/平成4年(ワ)第20409号
判決日付:平成6年10月6日
主 文
一 被告らは、連帯して、原告X1に対し一五八二万七八四二円、同X2に対し一三八四万七八四二円、同X3及び同X4に対し各一一五万円並びにこれらに対する平成四年四月三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その二を原告らの、その余を被告らの各負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
被告らは、連帯して、原告X1に対し五〇四三万二五三二円、同X2に対し四〇一五万〇五三二円、同X3及び同X4に対し各五〇〇万円並びにこれらに対する平成四年四月三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、被告Y1株式会社(以下「被告会社」という。)の所有する普通貨物自動車(大宮○○ち○○○○号、以下「加害車」という。)を運転していた被告Y2(以下「被告Y2」という。)が、左折しようとして交差点に進入するに際し、自転車に乗って右交差点手前の横断歩道を横断していたB(当時六歳、以下「B」という。)に加害車を衝突させ、同人を死亡させた事故(以下「本件事故」という。)に関し、原告らが、自賠法三条に基づいて被告会社、不法行為に基づいて被告Y2を相手に各損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実等
1 本件事故の発生
被告Y2は、平成四年四月二日午後一時ころ、加害車を運転し、東京都板橋区高島平七丁目一番先の信号機の設置されていない交差点(以下「本件交差点」という。)において、左折しようとしたが、本件交差点手前で一時停止義務があるのに、これを怠って時速約一〇キロメートルの速度で本件交差点に進入したため、横断歩道上を自転車(以下「被害車」という。)に乗って進行中のB(昭和六一年○月○○日生)に加害者の前部を衝突させ、同人を被害車とともに加害車の下部にまき込み、そのまま約一六・七メートル引きずるとともに、加害車の右前輪及び右後輪によって同人の頭部、胸部等を轢過し、同人を頭蓋内蔵器損傷等により死亡させた。(争いのない事実)
2 被告の責任原因
(一) 被告Y2は、本件交差点を左折進行するに当たり、横断歩道の手前で一時停止して前方及び左右を注視し、横断歩道上の者の進路の安全を十分に確認して進行すべき注意義務があったのに、これを怠り、漫然と進行した過失によって本件事故を発生させたから、民法七〇九条によりB及び原告らに生じた損害を賠償する責任がある。(争いのない事実)
(二) 被告会社は、加害車を所有し、業務用に使用して自己のために運行の用に供していた者であるから、自賠法三条に基づいてB及び原告らに生じた損害を賠償する責任がある。(争いのない事実)
3 損害の填補
加害車に付保されていた自賠責保険から二五四二万二三〇〇円が支払われた。また、原告らは、被告会社から二七万円、被告Y2から一五万をそれぞれ受領し、これらを葬儀費用の一部として原告X1(以下「原告X1」という。)の損害賠償請求権に充当した。(争いのない事実)
4 相続等
原告X1はBの父、同X2(以下「原告X2」という。)はBの母、同X3(以下「原告X3」という。)はBの祖父、同X4(以下「原告X4」という。)はBの祖母である。原告X1及び同X2は、法定相続分に従い、Bが本件事故によって被った損害を各二分の一あて相続した。(弁論の全趣旨)
二 争点
本件の争点は、本件事故の態様(被告らの責任の程度)並びにB及び原告らの損害額であり、これに関する当事者双方の主張は、次のとおりである。
1 本件事故の態様(被告らの責任の程度)
(原告ら)
被告Y2は、加害車のフロントガラスの下部にほとんど全面にわたってシールを貼り、ハンドル前にはステレオスピーカーを置くなどして、視界を故意に狭くし、そのうえ、ドアーロアーサイドガラス手前にも物入れ箱のような物を置き視界を全く遮っている。また、被告Y2は、加害車に、ヤンキーホーンを取り付け、最大積載量の表示をはずすなど車両に不当に手を加えており、運転もサンダルばきであった。このように、被告Y2は、視野を狭くしたり、車両に手を加えるなど普段から安全運転に対する義務を著しく怠っていた。本件事故は、このような通常よりも事故の発生する蓋然性の高い状態で発生したものであり、被告Y2の責任は重い。
また、被告Y2は、被害車に衝突した段階で直ちに加害車を停止させる義務があるのに、Bを運転席のすぐ下である右前輪で轢き、さらに右後輪で轢過したにもかかわらず停止せず、被害車に衝突してから停止するまでの間に約一六・七メートルも走行し、周囲の人達の制止によってやっと停止したが、加害車の正面を被害車に衝突させたうえ、被害車を引きずっているのにもかかわらず、衝突に気がつかなかったということはあり得ない。Bは、加害車の下部にまき込まれた後も這い出そうと必死にもがいていたのであるから、加害車の右後輪で轢過された時に致命傷を負った可能性が大きく、被告Y2が右後輪でBを轢過する以前に停止していたならば、生命まで失うことはなかったはずである。ところが、被告Y2は、右前輪でBを轢過した時点で本件事故の発生を認識していたにもかかわらず、右時点以後においても加害車を走行させたのであるから、他人の生命、身体に対する侵害につき少なくとも未必的認識があった。
(被告ら)
右事実は不知ないし争う。本件事故は、被告Y2が本件交差点を左折するに際し、先行左折車両及び交差道路の右方のみに気を奪われ、左方に対する安全確認を怠って左折進行した被告Y2の単純な過失によって惹起されたものであり、原告らの主張するような重過失はない。
2 損害額
(原告ら)
(一) Bの逸失利益
(1) 医師の平均年収を基礎とした逸失利益(主位的主張) 四五七二万三三六五円
Bは、本件事故当時六歳であったが、物心つくころから医者になる強い意志を有しており、平成三年一一月七日、私立□□小学校(以下「□□小学校」という。)の入学試験に合格し、同小学校への入学が決まっていた。同小学校の卒業生のほとんどの者が有名大学に進学し、同小学校の追跡調査によると、昭和四五年に入学し昭和五一年に卒業した二五名のうち九名が医師(歯科医師を含む。)となっている。また、Bは、四歳時に社団法人C(以下「C」という。)に入所したが、五歳四か月の時点で既に八歳二か月の知能を有するものと判定されており、本件事故に遭わなければ、同小学校に入学して医師になった蓋然性は高い。したがって、Bの逸失利益は、医師の平均年収一一〇五万二三〇〇円を基礎に、二五歳から六七歳まで稼働するものとして、生活費を四割控除したうえ、中間利息をライプニッツ方式により控除すると、以下の計算式のとおりとなる。
(計算式)一一〇五万二三〇〇円×(一-〇・四)×(一八・九八〇-一二・〇八五)=四五七二万三三六五円
(2) 大卒男子の平均年収を基礎とした逸失利益(予備的主張) 三二〇六万一五八二円
□□小学校の卒業生のほとんどの者が有名大学に進学し、同小学校の追跡調査によると、昭和四五年に入学し昭和五一年に卒業した二五名、及び昭和五〇年度に入学し昭和五六年に卒業した三二名のほとんどの者が有名大学に進学している。また、前述したとおり、Bは、五歳四か月の時点で既に八歳二か月の知能を有するものと判定されていた。Bは、本件事故に遭わなければ、同小学校に入学し、少なくとも四年制の大学に入学して卒業したことが確実である。したがって、Bの逸失利益は、賃金センサス平成四年第一巻第一表の産業計大学卒男子労働者全年齢の平均年収六五六万二六〇〇円を基礎に、二二歳から六七歳まで稼働するものとして、生活費を四割控除したうえ、中間利息をライプニッツ方式により控除すると、以下の計算式のとおりとなる。
(計算式)六五六万二六〇〇円×(一-〇・四)×(一八・九八〇二-一〇・八三七七)=三二〇六万一五八二円
(二) Bの慰謝料 三〇〇〇万円
前述した本件事故の態様、加害車の下部にまき込まれて這い出そうと必死にもがいていたBが味わった具体的な死の恐怖に鑑みて、同人の慰謝料は三〇〇〇万円を下らない。
(三) 原告ら固有の慰謝料 四〇〇〇万円
Bは、原告X1及び同X2にとってかけがえのない一人息子であり、同X3及び同X4にとってかけがえのない孫であっただけではなく、本件事故日の六日後には□□小学校の入学式を控えていたこと、本件事故の態様、被告側の本件事故後の全く誠意のない対応等に鑑みると、原告らの被った精神的苦痛ははかり知れず、原告らの慰謝料は、原告X1及び同X2につき各一五〇〇万円、同X3及び同X4につき各五〇〇万円が相当である。
(四) 葬儀費用 二一五万円
右費用は、原告X1が負担した。
(五) 墓地及び仏壇代 二五〇万二〇〇〇円
原告X1は、墓地設置費及びその永代使用料として一二〇〇万円を支払うとともに、仏壇を五一万円で購入したところ、少なくとも右出費の五分の一については、被告らが負担すべきである。
(六) 入学費用 一〇五万円
原告X1は、□□小学校に対し、Bの入学金五五万円及び寄附金一〇万円を支払ったほか、制服その他の備品購入のために四〇万円を支払ったが、右費用はBの死亡によりすべて無駄となった。
(七) 弁護士費用 五〇〇万円
(被告ら)
右事実は不知ないし争う。
(一) 原告らは、Bが医師になること、又は四年制大学を卒業したはずであることを前提として同人の逸失利益を計算しているが、同人が将来四年制以上の大学に進学して卒業し、医師になる見込みについては、確定的な証拠はなく、また、六歳という年齢からみても不確定な要素が多いから、現時点において、同人が医師になり、又は四年制大学を卒業すると予測することは極めて困難である。よって、Bの逸失利益については、賃金センサス平成四年第一巻第一表の産業計企業規模計学歴計男子労働者全年齢の平均年収額である五四四万一四〇〇円を基礎に、生活費控除率を五〇パーセントとし、一八歳から六七歳までを稼働期間として、中間利息をライプニッツ方式により控除して計算すべきである。
(二) 慰謝料は、Bにつき四〇〇万円、原告X1及び同X2につき各四〇〇万円、同X3及び同X4につき各五〇万円とすべきである。
第三 争点に対する判断
一 本件事故の態様(被告らの責任の程度)
1 証拠(甲二、四の1ないし12、五の1ないし6、二六、三二、三三の1ないし26、三四の1ないし33、証人D、原告X1本人、被告Y2本人)によれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 本件事故現場は、別紙現場見取図一及び二(以下、それぞれ「別紙見取図一、二」という。)記載のとおり、東西に走る、片側一車線で歩車道の区別がなく、中央線及び車線境界線が白色ペイントの実線で表示され、車道幅員七・九メートル、南側路側帯の幅員一・四五ないし一・五五メートルのアスファルト舗装された平坦な直線道路(以下「東西道路」という。)と南北に走る、片側二車線で歩車道の区別がある車道幅員一三メートルのアスファルト舗装された平坦な直線道路(以下「南北道路」という。)とが交差する交差点であり、事故発生時の路面は乾燥した状態であって、東西道路では、制限速度時速三〇キロメートル、高島平駅方面の本件交差点手前において一時停止、駐車禁止の各規制がなされている。東西道路の高島平駅側の交差点手前には、別紙見取図一及び二記載のとおり、幅四・四メートルの横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)が設置され、この横断歩道の手前二・四メートルの路面に停止線(以下「本件停止線」という。)が引かれているほか、一時停止の規制を表示する標識(以下「本件一時停止標識」という。)が同見取図一記載▽1の地点に設置されており、東西道路を高島平駅方面から進行してきた車両の運転者は、本件停止線の手前約二五メートルの地点から本件一時停止標識を容易に見とおせる状況にある。また、右停止線手前の路面上には、白色ペイントで鮮明に「とまれ」と標示されている。本件交差点付近は、新高島平駅横の市街地で、交通頻繁であり、高島平駅方面から西高島平駅方面に進行した車両からは、本件交差点の直前に至るまでは建物があるために左方及び右方の見通しが悪いが、本件交差点直前においては、前方、左方及び右方のいずれの見通しも良好である。
(二) 被告Y2は、加害車(ニッサンコンドルアルミバン、車両重量四四九〇キログラム、最大積載量三二五〇キログラム)を運転して、本件交差点付近の東西道路上を高島平駅から西高島平駅方面に向かって進行し、本件交差点を左折して南北道路を高島通り方面に向かって進行しようとして、被告会社の同僚であるEが運転する普通貨物自動車(以下「本件先行車」という。)が別紙見取図二記載(A)の地点に停止したのに続いて、同見取図一及び二記載×の地点(以下「本件衝突地点」という。)の手前約一五・六一メートルの位置である同見取図二記載①の地点でいったん停止した。被告Y2は、本件先行車が発進したので、右①地点から二速のギアで発進し、路面に標示されている右「とまれ」の標示及び横断歩道の存在を認識していたにもかかわらず、本件先行車が左折して行ったために大丈夫だと思い、時速約一〇キロメートルで進行し、同見取図二記載②の地点において右方を見ながら三速のギアに入れ替え、同見取図二記載③の地点において、右方を見ただけで、左方及び本件横断歩道上の歩行者及び自転車の有無を確認することなく、本件先行車両のテールランプを見ながら続いて行こうとしてハンドルを左に転把したところ、右③地点のやや左前方約四・二二メートルの本件衝突地点において、加害車の前面右下部を本件横断歩道上を加害車の進行してきた方向からみて左方から右方へ向かって横断していた被害車に衝突させ、被害車とともにBを加害車の下部にまき込んだ。被告Y2は、右衝突時にはショックを感じなかったものの、加害車の前下部付近から衝撃音があり、何かを引きずっているような感じを受けたにもかかわらず、以前から加害車のギヤが二速から三速に入りにくく、ギヤの切り替え時に回転数が合わないときに音を出すことがあったことから、ギヤの故障かと思い、直ちに停止せずに、ギヤを再び二速に入れ替えてアクセルを思い切り踏み込むとともに、ハンドルを左に転把して進行した。被告Y2は、別紙見取図一記載④の地点付近において、高島通り方面から進行してきた対向車の運転者がクラクションを何回も鳴らし、自分に対し何か言っているようであったのを認識したが、窓を閉めていたために何を言っているか分からず、本件事故に気がつかないまま、ゆっくりとした速度で前進したところ、ガタッという音がして加害車が少し揺れるようになり、何か物に乗り上げるような状態になった時点で、初めて本件事故に気がついて制動措置をとり、加害車を被害車に衝突させてから約二七・九メートル進行した同見取図一記載⑤の地点で加害車を停止させた。Bは、右衝突後、加害車下部の前軸付近に横倒しになった被害車と右前軸との間に頭を加害車の進行方向に向けて挟まれ、このような状態で引きずられながらも道路に両手をついて這い出そうと必死にもがいていたが、その後、右前輪で轢過されたうえ、右後輪ダブルタイヤで轢過され、本件衝突地点から約一六・七メートルの同見取図一記載(イ)の地点に倒れていた。被告Y2は、加害車を停止させて降車した後、右(イ)の地点へ行き、Bを轢過したことを確認すると、ひざまづく感じで座り込み、逃げるような状況ではなかった。被告Y2は、対向車のクラクションで何かあったということは分かったが、Bを轢過したことが分かったのは、加害車を停止させた後であった。
(三) 被告Y2は、格好がいいと思って、加害車のフロントガラスの右下方内側に「コーク」という左右一一五センチメートル、上下三〇センチメートルの大きさの赤色プラスチック板、及びフロントガラスの左下方内側に左右九八センチメートル、上下七ないし一五センチメートルの大きさのスチール板を置き、前方の視界を悪化させていたほか、加害車の助手席側のロアーガラスの前にもゴミ箱を置き、左側方に対する見通しを悪化させていた。また、被告Y2は、平成二年三月一四日に普通一種免許を取得してから本件事故発生までの間、指定放置駐車違反、通行禁止違反、整備不良(尾灯等)等の交通違反歴が計六回あり、自己所有の乗用車を運転していた際に見通しの悪い路地で乗用車と衝突したことがあったほか、本件事故当時、加害車をサンダルばきで運転していた。なお、被告会社では、被告Y2の上司らが右プラスチック板等により加害車の視界が悪化していたのを知りながら、被告Y2に対し、その危険性を指摘して取り外すように指示するなどしていなかった。
2 前記争いのない事実及び右認定の事実によると、被告Y2は、本件交差点を左折進行するに当たり、本件交差点に一時停止の規制がなされており、かつ、新高島平駅横の市街地にあり、本件横断歩道上を横断する自転車及び歩行者のあり得ることを容易に予期できたのであるから、本件横断歩道の手前で一時停止し、前方及び左方も注視して横断する自転車及び歩行者の有無を確認し、その進路の安全を十分に確認する注意義務があったのに、右注意義務を怠るばかりか、ギアを三速にシフトアップして加害車両を運転したのであって、運転者としての基本的な注意義務に違反したものであるところ、右注意義務を尽くしていたならば、本件事故は容易に避け得たものである。また、被告Y2は、四トントラックを運転していたものの、被害車に衝突し、これをひきずった際の衝撃及び衝撃音を安易にギヤの故障ではないかと考えたため、対向車の運転者が、クラクションを鳴らし、自分に対し何か知らせようとしているのを認識したにもかかわらず、なお、本件事故に気がつかずに進行し続けたところ、衝突した際直ちに停止していれば、同人の死亡という重大な結果が生じなかったであろうことは明らかである。このように本件事故は、被告Y2の重大な過失によって生じたものであるのみならず、フロントガラスの右下部に赤色プラスチック板を置き、前方の視界を悪化させるなどという危険なことを行ったり、前示のとおり交通違反を繰り返しており、これらが直接的には本件事故の原因とはなっていないとしても、本件事故は起こるべくして起きたものであると考えざるを得ない。また、被告会社は、貨物運送を業とする会社であり、被告Y2が右プラスチック板等を置いているのを知りながら、その取り外しを指示するなどの安全運転の指導を怠っており、道義的非難は免れない。
被告らは、本件事故は被告Y2の単純な過失によるものであると主張するが、前記のとおり右主張は採用できない。なお、原告らは、被告Y2にBの生命・身体の侵害に対する未必的な認識があったと主張し、被告Y2は捜査段階において「左折する時、相手の自転車とぶつかったと思う」等と供述し、刑事事件の判決後に原告らの自宅に焼香に行った際、原告X1に、右前輪で被害者を乗り越えた時、人をひいたのがわかったと答えているが(原告X1本人により認める。)、その趣旨は、本件事故時は、右認識はなかったが、被害者を死亡させたことが事故の後、わかったので、後から考えた場合の話として、右前輪で乗り上げた時に本件事故に気がついたはずということであって(被告Y2本人により認める。)、右供述等をもって直ちに被告Y2に本件事故当時、右未必的認識があったと認めることはできない。通常の運転者であれば、衝撃音等により本件事故に気づいて停止していたであろうと推認されるが、このことも右認定を左右するものではない。
二 損害額
1 Bの逸失利益 二六七一万七九八五円
証拠(甲一〇の1ないし3、一五の1ないし8、一六の1ないし3、一九ないし二六、二八の1ないし3、三四の26、三五ないし三七、四〇、原告X1本人)によれば、本件事故当時、Bが満六歳の健康な男子であったこと、Bは、英研式(個別)の検査方式によるCの知能構造診断書再テストの結果によって、五歳四か月の段階で知能指数一五三との評価を受けるようになっていたほか、意欲が旺盛で、思考速度が速く、集中力があるとの評価も受けていたこと、Bが、平成四年度の□□小学校の入学考査に合格し、同小学校に入学する予定であったこと、□□小学校の卒業生の進学先に関する同小学校の追跡調査の結果、同小学校が把握している範囲では、同小学校に昭和四五年に入学して昭和五一年に卒業した二五名のうち二四名(医学部に進学して医師になった者は九名である。)。昭和五〇年に入学して昭和五六年に卒業した卒業生三二名のうち二五名(医学部に進学した者は二名である。)が、海外留学を含め、それぞれ大学に進学しているなど、ほぼ例外なく大学に進学していることが認められる。そして、知能指数の高低が直ちに将来の進学等と結びつくとはいえず、Bの年齢等不確定な要素が多いとはいうものの、本件事故当時におけるBの知能の程度、右□□小学校の追跡調査の結果などを総合考慮すると、Bは、本件事故に遇わなければ、大学の医学部に進学して医師又は歯科医師となる高度の蓋然性まで認めることは困難であるとしても、少なくとも四年制の大学に進学してこれを卒業する高度の蓋然性があると認められるから、これを前提とし、二二歳から六七歳までの四五年間にわたり稼働可能であり、その稼働期間中、賃金センサス平成四年第一巻第一表の産業計大卒男子労働者全年齢の平均年収六五六万二六〇〇円を得られたはずであると認めるのが相当である。そうすると、右年収額を基礎に、右全期間について生活費控除を収入の五割の割合で行ったうえ、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息の控除を行うと、Bの逸失利益の現価は、次の計算式のとおり、二六七一万七九八五円(円未満切り捨て)となる。
(計算式)六五六万二六〇〇円×(一-〇・五)×(一八・九八〇二-一〇・八三七七)=二六七一万七九八五円
2 Bの慰謝料 一八〇〇万円
Bは本件事故によって死亡したことにより精神的苦痛を被ったことが認められるところ、本件事故の態様、特に被告Y2の過失が重大であり、同被告が被害車との衝突を早期に認識していたならば、Bが死亡しなかった可能性が高かったこと、Bが加害車の下部に挟まれたまま引きずられている間に懸命に抜け出そうとしていたがその甲斐もなく轢死したこと等本件に顕れた一切の事情を考慮すると、後記のとおり別途原告らに固有の慰謝料を認める点を参酌しても、なお、本件事故によりBが被った精神的苦痛に対する慰謝料は、一八〇〇万円と認めるのが相当である。
3 葬儀費用、墓地購入費用等 一二〇万円
証拠(甲二九の1ないし9、三〇の1ないし5、三八、三九の1ないし3、四三の1、2、原告X1本人)によれば、原告X1は、Bの葬儀費用、墓地購入費用等として、一二〇万円を下らない費用を要したことが認められ、右事実及び本件に顕れた一切の事情によれば、本件事故と相当因果関係がある葬儀費用、墓地購入費用等は一二〇万円をもって相当と認める。
4 入学費用 一〇〇万円
証拠(甲三一の1ないし6、原告X1本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告X1が、□□小学校に対しBの入学金、設備拡充費及び寄付金として合計六五万円、制服その他の備品購入費として少なくとも合計三五万円をそれぞれ支出したことが認められるところ、Bの死亡によって、右各費用が全て無駄になったといわざるを得ないから、右各費用は、本件事故と相当因果関係のある損害であると認めるのが相当である。
5 原告ら固有の慰謝料 原告X1、同X2各三〇〇万円、原告X3、同X4各一〇〇万円
甲三六、三七、原告X1本人によれば、Bは、原告X2の二回の流産の後に生まれた同原告及び原告X1の唯一の子であり、同原告らは、Bに幼児の頃から英才教育を施し、その将来を期待しながら養育していたこと、原告X3及び同X4は、孫であったBと同居するために六〇年以上生活した故郷である長野県北安曇郡(以下略)から昭和六二年に上京して同人と同居し、同人を可愛がり、その将来に期待していたことが認められる。このような事情に加え、前示の事故態様を参酌すると、原告らは、Bが本件事故によって死亡したことにより多大の精神的苦痛を被ったことは容易に推認され、本件事故の態様等本件に顕れた一切の事情を考慮すると、本件事故により原告X1及び同X2が被った精神的苦痛に対する慰謝料は各三〇〇万円、同X3、同X4については、各一〇〇万円と認めるのが相当である。
6 Bの損害合計は四四七一万七九八五円となるところ、自賠責保険から支払われた二五四二万二三〇〇円を損害填補分として右損害合計額から控除した一九二九万五六八五円を原告X1及び同X2が各二分の一あて相続したので、原告X1及び同X2の相続分は、それぞれ九六四万七八四二円(円未満切り捨て)で固有の損害額を加えると、原告X1の損害合計額は一四八四万七八四二円、同X2の損害合計額は一二六四万七八四二円となるところ、原告らは、被告会社から受領した二七万円及び被告Y2から受領した一五万を葬儀費用の一部として原告X1の損害賠償請求権に充当したから、原告X1の損害残額は一四四二万七八四二円となる。
7 弁護士費用 二九〇万円
弁論の全趣旨によれば、原告らは、弁護士である原告ら訴訟代理人らに対し、本件訴訟の提起と追行を委任し、その費用及び報酬の支払いを約束したことが認められるところ、本件訴訟の難易度、認容額、審理の経過、その他本件において認められる諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害は、原告X1につき一四〇万円、同X2につき一二〇万円、同X3及び同X4につき各一五万円と認めるのが相当である。
三 結論
以上によれば、原告らの被告らに対する本訴請求は、原告X1につき一五八二万七八四二円、同X2につき一三八四万七八四二円、同X3及び同X4につき各一一五万円並びにこれらに対する本件事故の日の翌日である平成四年四月三日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを正当として認容し、その余は理由がないのでいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用につき民訴法九三条一項本文、九二条本文、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第二七部
裁判長裁判官 南 敏文
裁判官 大工 強
裁判官 湯川浩昭